2011年03月11日

南木佳士さんの御実家と『阿弥陀堂』 北軽井沢ブルーベリーYGHマネージャーのミステリーツアー

南木佳士さんの御実家

『阿弥陀堂だより』という、南木佳士の小説を原作とした日本映画がありました。パニック障害を病んだ妻を連れて帰郷した夫と阿弥陀堂を守る老女との交流を描いた話です。北林谷栄が第26回日本アカデミー賞助演女優賞を、小西真奈美が新人俳優賞を受賞、第56回ヴェネチア映画祭でも「緑の獅子賞」を受賞するなど、世界中で高い評価を受けた映画です。

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良い映画でしたが、あれ、嬬恋村が舞台なんです。
長野県ではない。
まず、原作者の南木佳士さん、
この人は嬬恋村生まれなんですよ!
南木佳士は、ペンネームですが、

『南木』

というのは、北軽井沢ブルーベリーYGHのあるあたりのことです。

つまり『阿弥陀堂だより』という話は、群馬県嬬恋村三原の話なのです。
万座鹿沢口駅から徒歩7分のところが舞台です。


これが原作者の南木さんの生家です。

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 『阿弥陀堂だより』は、映画より原作の方が面白いです。嬬恋村・軽井沢・佐久がジャンジャンでてくる。たまに秋田の話も出ますが、それは、秋田大学の学生だったからですね。つまり南木さんの書くものは、みんな私小説なんですよ。そしてほとんど実話。だから迫力あります。そして、この話は、嬬恋村を知らないと、知ってるとでは大きく違ってきます。

 嬬恋村では、自殺が多い。
 珍しくない。
 鬱も多いです。

 近親結婚が多かったからと言われています。そういう村の状態を知っていると映画が倍面白くなります。本家の阿弥陀堂も知っていると映画が面白くなります。作者は、佐久の病院でパニック障害になり鬱になったんですよ。佐久病院は長野県の田舎ですが、その田舎で鬱になった。長野で鬱になった。それを癒したのは、軽井沢病院に来院してくる故郷嬬恋村の素朴な村人だったのです。


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南木佳士さんについて

南木佳士は昭和二十六年(一九五一年)十月に吾妻郡嬬恋村に生まれました。本名は霜田哲夫。父重義は入り婿で鉱山会社に勤め、母つぎは群馬女子師範を出て、地元で小学校の教師をしていました。南木の四歳のとき母が結核で死亡したため、その後は祖母に育てられました。

 少年時代は、嬬恋村の三原の山あいの捨城庵のそばにある小学校に通っていました。父は、バスで二時間もかかる小串鉱山の社宅にいて週末にしか帰って来ませんでしたから、ふだんは祖母と姉の三人で生活していました。父からのわずかな仕送りで暮らしていたので貧しかったようです。

 しかし父が東京へ転勤しましたので、中学から東京に行き、都立高校から秋田大学医学部をへて長野県佐久市にある佐久総合病院の医師になり、現在もその地に住み内科医長を勤めながら、小説を書いています。

 そこから一時期、軽井沢の町立病院に派遣されたことがありました。「軽井沢は生まれ育った群馬の山村のとなりの町である」。そこの風物や縁戚にあたる人間たちに親しんでいるうちに生まれたのが、第百回芥川賞の『ダイアモンドダスト』平成元年(一九八九年)でした。

『阿弥陀堂だより』という、南木佳士の小説を原作とした日本映画がありました。あれは、嬬恋村が舞台なんです。つまり『阿弥陀堂だより』は、群馬県嬬恋村三原の話なのです。万座鹿沢口駅から徒歩7分のところが舞台です。

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まず、原作者の南木佳士さん、この人は嬬恋村生まれなんですよ!

で、これが本物の阿弥陀堂!
つまり、作者の遊び場であったわけでです。
もちろん作者の祖母も、ここで眠っています。


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 映画では都会に疲れて鬱になって田舎に癒される話なんですが、実は全く逆なんです。医学部を卒業し、信州の田舎にある佐久病院に努めて、あまりにも多く老人が死んでいくために、鬱になりかかる。それで、原作者は軽井沢病院に出向し、そこで癒されるんです。

 そもそも話しが逆なのです!

 実は、軽井沢と嬬恋村は、繋がっていて、軽井沢には、原作者の友人知人がいっぱいいた。旧軽井沢は、昔は貧しい村で、炭焼きでしか生活が出来ないところで、その旧軽井沢の炭焼きばあさんが、作者の生家(嬬恋村三原)の近所に住んでいたりする。だから、原作者の南木さんは、軽井沢に偏見をもたなかった。だから佐久病院からの出向に応じたんですね。

 しかし、佐久病院の地域医療に対する理想に燃える医師団たちは、
軽井沢に対して偏見に満ちており
「お金持ちの診療なんかできるかよ!」
と軽井沢病院の面倒なんかみないという剣幕だった。


 しかし、嬬恋村出身であり、昔の軽井沢をよく知っていた原作者の南木さんは、進んで軽井沢病院への出向を希望します。そこで、嬬恋村の昔の知り合いに、よく出会うんです。

 ただ、佐久病院から出向してきた若い同僚の医師は、女子高校生の膣から抜けなくなったコンドームの取り出しや、都会から来た自殺未遂の若い女性の治療なんかに嫌気がさして、
「軽井沢なんか嫌だ。佐久病院に帰って地域医療を真面目にやりたい」
と怒ったそうです。


 そういう同僚を尻目に、作者は、軽井沢病院の裏の小川で、イワナ釣りやカジカ釣りを楽しみ、自殺未遂の若い女性に、君が死のうとした旧軽井沢の場所は、貧しい炭焼きの老婆が一生懸命生活した所なんだよ。その老婆と私は子供の頃から知ってるんだと言い聞かせたりするのです。

 『阿弥陀堂だより』の原点は、こんな体験の風景の中にあったんですね。そういう背景を知ると映画は、もっと面白くなります。佐久病院・軽井沢・嬬恋村。これを理解して、もういちど『阿弥陀堂だより』をみると面白さが倍増すると思います。


 原作者は、決して都会に疲れたのではない。
 田舎の病院に疲れたのです。
 で、軽井沢病院でリハビリをした。
 このへんの事情は、現地を知らないとよくわからないかもしれない。
 このへんの解説があれば

安易に都会vs田舎の視点では
すまされないモノが見えてくる。




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posted by k at 12:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする